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    アニメ/映画

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    1 朝一から閉店までφ ★

    2019年11月9日 21:07

    「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」キービジュアル

    (出典 pbs.twimg.com)



    「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の公開日が、2020年4月24日に決定した。

    当初2020年1月10日の公開を予定したものの、諸般の事情により公開が延期となっていた本作。公式サイトには「監督、及びスタッフ一同、誠心誠意、制作に励んでおります。公開が迎えられました折には、皆様お誘いあわせの上、作品をお楽しみいただけますと幸いです」とのコメントが掲載されている。

    京都アニメーション制作による「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は、“自動手記人形”と呼ばれる代筆屋の少女の成長を描く物語。TVアニメが2018年に放送され、現在外伝作品となる「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-」が上映されている。


    「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」

    スタッフ
    原作:「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」暁佳奈(KAエスマ文庫/京都アニメーション)
    監督:石立太一 
    脚本:吉田玲子
    キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
    世界観設定:鈴木貴昭  
    美術監督:渡邊美希子
    3D美術:鵜ノ口穣二  
    色彩設計:米田侑加  
    小物設定:高橋博行  
    撮影監督:船本孝平  
    3D監督:山本倫
    音響監督:鶴岡陽太  
    音楽:Evan Call
    アニメーション制作:京都アニメーション  
    製作:ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会  
    配給:松竹

    キャスト
    ヴァイオレット・エヴァーガーデン:石川由依    
    ギルベルト・ブーゲンビリア:浪川大輔

    https://natalie.mu/comic/news/354807

    (c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会


    【【映画】 「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」公開日が2020年4月24日に決定】の続きを読む

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    1 朝一から閉店までφ ★

    ニュース 2019年10月26日(土)12:00

    ゾンビが蔓延した世界を舞台にしたコメディ「ゾンビランド」の続編「ゾンビランド ダブルタップ」の日本語吹き替え版に、小山力也、中村悠一、本田貴子、秋山ゆずきが参加していることがわかった。それぞれゾンビにまつわる作品に携わった経験があり、“対ゾンビ”にふさわしい声優陣が集結した。

    2009年、爆発的なウィルス感染により地球上の人類がゾンビと化す中、4人の生存者であるコロンバス(ジェシー・アイゼンバーグ)、タラハシー(ウディ・ハレルソン)、ウィチタ(エマ・ストーン)、リトルロック(アビゲイル・ブレスリン)は、「生き残るための32のルール」を実践し、ゾンビ社会を生き抜いていた。そして2019年、ゾンビたちはパワーもスピードもレベルアップした新種へと進化。コロンバスたちはほかの生存者を仲間に加え、再び激しく楽しくゾンビをなぎ倒していく。

    屈強な腕力と抜群の射撃テクニックでゾンビ社会を生き抜くタラハシーの吹き替えは、海外ドラマ「ウォーキング・デッド」シリーズでダリル・ディクソン(ノーマン・リーダス)の声を務める小山が担当。32のルールを編み出したコロンバスは、韓国映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」で主人公ソ・ソグ(コン・ユ)の吹き替えを務めた中村が演じる。

    コロンバスの恋人ウィチタは、「バイオハザード」シリーズの主人公アリス役で知られる本田、ウィチタの妹リトルロック(アビゲイル・ブレスリン)は、昨年「カメラを止めるな!」に出演した秋山が担当。秋山は本作で声優に初挑戦し、「お話をいただいた時は正直不安でしたが、いざ収録がはじまるとすごく楽しむことができました。そして豪華なキャストの皆様と共演させていただけることが本当に光栄でうれしいです」と話している。

    あわせて、日本語吹き替え版の本編映像が披露された。「ゾンビランド ダブルタップ」は11月22日から全国公開。

    https://anime.eiga.com/news/109762/


    (出典 img.animatetimes.com)


    【【映画】 “対ゾンビ”声優陣が集結 「ゾンビランド」続編吹き替え版に小山力也、中村悠一、秋山ゆずき、本田貴子】の続きを読む

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     「けものフレンズ」「ケムリクサ」のプロデューサー福原慶匡さんと、テレビアニメ・漫画「メイドインアビス」のつくしあきひとさん、そしてVR法人のHIKKYによる、新規アニメプロジェクトが発表されました。VRキャラクター「モクリ」を映像化するため、11月7日からクラウドファンディングを開始するとのことです。

    【画像】福原慶匡さん

     「モクリ」は、VRブームから生まれたVR空間発のプロジェクトユーザーが自由に改変してアバターとして利用することができる3Dモデルの「レッサーモクリ」が、無料配布されています。 2018年8月の「バーチャルマーケット」でお披露目され、「バーチャルマーケット2」ではレッサーモクリたちの住む世界をイメージした展示会場「モクリバザール」が登場しました。

     今回のクラウドファンディングは、「モクリ映像化プロジェクト」のためのもの。「みんなで創るアニメプロジェクト」として一緒に「モクリの世界」を育ててくれる開拓者(ファーストサポーター)を募集するとしています。

     クラウドファンディングリターンとしては、制作日誌の閲覧、オンライン制作会議への同席を通じて「ヒミツの最新情報」を知る権利などが用意されています。また、「モクリ」に関わる自由な二次創作活動(イラストマンガ、3Dモデルコスプレフィギュア等)を認め、開拓者と共に作品運営を進めていくとしています。現在は、クラウドファンディングの事前登録を受け付けています。

    (C)HIKKY

    (C)Root studio co.,ltd.

    モクリ


    (出典 news.nicovideo.jp)


    <このニュースへのネットの反応>

    【「けもフレ」福原慶匡×「メインドインアビス」つくしあきひとの新規アニメプロジェクト始動 VRキャラ映像化へ】の続きを読む

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    1 くらげ ★

    https://mantan-web.jp/article/20191021dog00m200038000c.html
    2019/10/22

    武内直子さんの人気マンガが原作のアニメ「美少女戦士セーラームーン」シリーズの劇場版アニメ
    「美少女戦士セーラームーンEternal」の前編が2020年9月11日に公開されることが10月22日、分かった。
    劇場版では、「美少女戦士セーラームーン Crystal」の第4期「デッド・ムーン編」が前後編で描かれる。
    第3期「デス・バスターズ編」に引き続き、今千秋さんが監督を務め、「美少女戦士セーラームーン」
    「美少女戦士セーラームーンR」などのキャラクターデザイン、作画監督を担当してきた只野和子さんがキャラクターデザインを手がける。
    原作者の武内さんが監修する。
    「美少女戦士セーラームーン」は、1992~97年に少女マンガ誌「なかよし」(講談社)で連載された人気マンガが原作で、
    テレビアニメも同期間に放送された。
    ドジで泣き虫な月野うさぎが、愛と正義の美少女戦士に変身し、仲間の戦士たちと活躍する姿が描かれている。
    新作アニメ「Crystal」は、2012年に始動した20周年プロジェクトの一環として制作され、2014、2015年に第1、2期が
    動画配信サービス「ニコニコ生放送」ほかで配信されたほか、テレビアニメも放送。2016年に第3期が放送された。



    (出典 storage.mantan-web.jp)


    劇場版アニメ「美少女戦士セーラームーンEternal」のビジュアル


    【【セーラームーン】劇場版アニメ「Eternal」前編が2020年9月11日公開 「Crystal」の第4期「デッド・ムーン編」描く】の続きを読む

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    1 朝一から閉店までφ ★

    2019年10月14日 アニメ 映画
    ホラー映画「IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」日本語吹き替え版のキャストら (C)2019 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

    (出典 storage.mantan-web.jp)



     小説家・スティーブン・キングの代表作を映画化したホラー映画「IT/イット」シリーズの完結作「IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」(アンディ・ムスキエティ監督、11月1日公開)の日本語吹き替え版の声優として、細谷佳正さん、高垣彩陽さん、小野大輔さん、神谷浩史さん、諏訪部順一さん、三宅健太さん、平川大輔さん、多田野曜平さんが出演することが10月14日、分かった。吹き替え版が劇場公開されるのはシリーズ初。ペニーワイズの声は、前作のDVDに収録されている吹き替え版の多田野さんが続投する。

     自らを“ルーザーズ(負け犬)”と呼んでいた落ちこぼれの子供たち7人“ルーザーズ・クラブ”のメンバーで、細谷さんがビル、高垣さんがベバリー、小野さんがベン、神谷さんがエディ、諏訪部さんがリッチー、三宅さんがマイク、平川さんがスタンリーの成長した姿を演じる。

     今回、日本語吹き替え版の予告編も公開された。

     映画は、自らを“ルーザーズ(負け犬)”と呼んでいた、落ちこぼれの子供たちは成長し、それぞれが活躍していた。そんな中、1989年夏に起きた連続児童失踪事件と同様の不審な事件が、27年後に相次ぐ。マイクから連絡を受けた彼らは約束を守るため、生まれ育った故郷に戻ることを決意する。しかし「それ」に打ち勝つ唯一の方法は、それぞれのトラウマに再び向き合うことだった……というストーリー。

    https://mantan-web.jp/article/20191013dog00m200015000c.html


    【【映画】 IT/イット THE END:日本語吹き替え版に細谷佳正、小野大輔、神谷浩史、諏訪部順一ら ペニーワイズは多田野曜平】の続きを読む

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    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    公開1ヶ月後で興行収入100億円を突破した、新海誠監督の映画最新作『天気の子』。大ヒットの前作『君の名は。』にどこまで迫るかが注目されています。

    筆者は前回『君の名は。考察記事(別サイト)を書いて大反響をいただいたのですが、「みんな(セカイ系中二病な)新海監督が好きなんやな!」という手応えを感じました。

    なので、今回も『君の名は。』のようなセカイ系ファンタジーな作品を期待していましたし、正直、また良い感じにオカルトとか神話目線からの考察記事が書けちゃうんじゃないかという下心をもって公開初日に鑑賞したわけです。

    ところがどっこい。

    この作品は「違和感」だらけでした。単なるファンタジーではない「現実社会」の何かを描こうとしている。新海監督から挑戦状を叩きつけられた気分でした。

    そして鑑賞後、「オカルト的な考察では火傷する」という警告が私の頭の中で発生したのです。

    まず、『君の名は。』とはまったく違う出来上がりです。そして従来のセカイ系とも違う。すぐに似た作品を特定したがるジャンル特定厨の私は、頭を抱えました。

    しかしネットを開けば、「◯◯に似ている」という声があふれています。しかもその似ているとされる作品は、ジブリ作品から18禁エロゲーまでバラバラです。いやバラバラにもほどがあるぞ。

    そしてジャンルだけではありません。なんなら賛否も分かれています。ここまで評価がとっ散らかっている作品も珍しいでしょう。

    実際、『天気の子』の「違和感」に関する記事は多数公開されています。

    映画『天気の子』を観て抱いた、根本的な違和感の正体(現代ビジネス
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66422<『天気の子』の“モヤモヤ感”の正体…粗が目立つ物語&回収されない伏線への違和感ビジネスジャーナル)
    https://biz-journal.jp/2019/07/post_111574.html

    しかし「違和感」というテーマを同じくしてさえ、その評価はバラけています。一体何が起きているんです…?

    そこで、この映画にはもしかすると、人によって評価を玉虫色に変えてしまう「決定的な何か」が潜んでいるんじゃないかと閃きました。

    悩みに悩んだ私は、その謎を解明するためアマゾンの奥地…ではなく、元臨床心理士の春井星乃さんにお話を聞くことにしました。それこそアマゾンの奥地まで行けるほどの文章量で、満を持していたらこんな時期になってしまいました。ただ、今だからこそ生まれた考察でもあります。ゆっくりでも読んでいただけると嬉しいです。

    【目次】

    ・『天気の子』の隠されたテーマは「法外のシンクロ
    ・「社会的正しさ」は逆によくない?
    ・「セカイ系」とは真逆の作品である『天気の子』の挑戦とは
    宮崎駿庵野秀明…なぜ他作品との類似点がたくさんあるの?
    ・新海監督が新たに組み込んだのは「時代性」と「現代社会の実情」
    ・陽菜が連れて行かれたのは「統合失調症的世界」
    ・帆高が本当に戦っていた相手は「超自我」だった
    ・「超自我」を自覚すると『天気の子』は何倍も楽しめる
    違和感の正体は「ファンタジーの皮をかぶった別ジャンル映画」であること

    『天気の子』の隠されたテーマは「法外のシンクロ」

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    まき この作品ほど評価が分かれるものも珍しいと思うんですが、あえていきなり聞きます。春井さんはこの映画を観て最初にどう感じました?(ゴクリ

    春井 そうですね、まず思ったのは「この作品のテーマは法外のシンクロだろう」ということでした。さすが新海監督、今一番タイムリーというか重要なところを突いてきたなと。

    まき …いきなりボロクソに批判されたらどうしようかと思っていたので、冷静なご回答に少し安心しました。しかし何か早速難しそうな用語が出てきましたね…。法外のシンクロタイムリー? まず法外のシンクロとはなんぞや…?

    春井 映画を観る前に、毎日新聞の新海監督のインタビュー記事を読んだのですが、そこにこんな記述があったんです。

    (中略)もう一つの理由は、昨今、何か窮屈さみたいなものがずっとあったことです。
    SNSが典型ですけれども、正しい言葉以外は、一斉にたたかれる。それも社会的な正しさ、国際的な正しさ、ポリティカル・コレクトネスという言葉もありますが、「正しさ」だけが流通してしまっている。
    でも僕は、個人の願いとか個人の欲望とかって、時にはポリティカル・コレクトネスとか、最大多数の幸福とかとぶつかってしまうことがあると思う。でもそういうことが今、言えなくなってきています。常に監視されているような中、ルールから外れたことを言ってしまうと一斉にたたかれるし、常にたたく対象を探す祭りが起きているような雰囲気。
    そういうところへの反発やいらだちが私の中でずっとあり、この閉塞感やどうしようもなさを吹き飛ばしてくれる少年少女がほしいという気持ちがありました。そういった2つの気持ちからこの企画になっていきました。
    毎日新聞「深海監督と川上プロデューサーインタビュー上」より
    https://mainichi.jp/articles/20190723/k00/00m/040/210000c

    まき このインタビューは私も読みました。今のSNSや時代の雰囲気を上手く捉えているなと。で、これと法外のシンクロがどう関係してくるんですか?

    春井 法外のシンクロというのは社会学者の宮台真司さんの言葉なんですけど……『万引き家族』は見ましたか?

    まき はい。去年公開された是枝監督の作品で、確かカンヌ国際映画祭で賞を取ったやつですよね。ボロ泣きでしたが?

    春井 そうでしたか(笑)。あの作品は、万引きで生計を立てている血のつながらない疑似家族の絆の物語でしょ。万引きというのは違法。だから法外ってこと。シンクロというのは、まあ共感とか絆と言っていっていいんじゃないかな。だから、『万引き家族』のテーマも「法外のシンクロ」なの。

    まき ああ、なるほど。法を超えたところで結びつく人間の絆ということですね。そういえば新海監督も『万引き家族』を観た時に、自分とやりたいことが近いなと感じたそうですよ。

    春井 そんなにはっきり仰ってたんですね。宮台さんは、その法外のシンクロこそが本当の人間の結びつきだと言っているんです。

    まき ふむふむ。でも、なんで「法外」であることが大事なんですか?「法外」って要はダメなやつですよね。盗んだバイクで走り出したり学校の窓ガラス割ったり。

    春井 そう、普通そう思いますよね。でもこれにはふか〜い理由があるんです。それを説明するには、人間の意識の発達過程についてお話する必要があるんですけど……

    まき 新海監督の感想から、心理学の専門知識が掘り起こされるわけですね!オラなんかワクワクしてきたぞ。

    「社会的正しさ」は逆によくない?

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    春井 簡単にいうと、人間は13〜14歳になると、アイデンティティ(自我同一性)を確立することが課題になります。アイデンティティとは、「自分とは〜だ」という一貫した自分のイメージを持つことです。

    まき ふむふむ。中二病とかもそこで出てくるわけだ。

    春井 そうですね。人からどう見られているかということが非常に気になってきます。その自分を外から見る目を持って、自分の内面と向き合い始めるのがちょうどその頃なんです。

    まき 人からどう見られるかを気にすることが、自分の内面と向き合うことの始まりなんですね。確かに革の黒手袋とか、自分の深淵と向き合わないとはめられませんよね…。

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    春井 …黒手袋はよくわかりませんが(笑)心理学者のマーシャという人が、アイデンティティを確立するには、「危機と傾倒」という2つの要素が必要だと言っています。「危機」というのは、それまで当たり前のように受け入れていた親の価値観や考え方に疑問を感じ、これでいいのかと考え始めることです。「傾倒」とは、何か特定の価値観、世界観、考え方を自分で選択し採用して、それに基づいて目標等を設定して生きることです。そして、マーシャアイデンティティが確立するまでには4つの段階があると言っているの。

    まき 4つの段階?

    春井 そう。危機も傾倒もない「自我同一性拡散」、危機を経験しない「早期完了」、危機を経ているが「傾倒」がまだない「モラトリアム」、危機・傾倒両方経験した「自我同一性達成」の4つです。

    そしてこの中で「法外」に関係しているのが「早期完了」なんです。

    まき モラトリアムって用語はよく聞きますね。その、法外に関係ある「早期完了」っていうのはどういう状態なんですか?

    春井 早期完了とは、親の価値観をそのまま取り入れて、それを自分として生きるという状態です。本当の自分と向き合わずに、他者の考えを取り入れてそこに同一化して生きてしまうんですね。

    まき 「ママがそう言うならそうなんだろう」的な案件ですねわかります。それと法外がどうして関係あるんですか?

    春井 一度そういう風に生きる癖がついてしまうと、どんどん更に大きなもの、偉大なものと同一化したくなってくるんです。これは自分の自己肯定感を上げるためです。宮台さんも、自己肯定感には2種類あると言っていて、このような自己肯定感を「崇高なものとの同一化による自己肯定感」と呼んでいます。

    まき そっか、その「崇高なもの」っていうのが法律とか、新海監督が言ってた「社会的正しさ」「ポリティカル・コレクトネス」ってことなんですね。そういうものに同一化しちゃうと、本当の自分が隠れて見えなくなっちゃって、偽りの人生を生きるしかなくなるんですかね。じゃあ、国とか政府とか、政治的思想とかっていうのもそうですか?

    春井 うん。他にも、精神世界的な思想とか、男性女性とか、家族における立場(「親・兄・姉なんだから◯◯しなきゃ〜」)とかいろいろありますよね。

    まき なるほどよくみるやつ…。

    春井 そういう偽りの人生を生きている状態では、本当の人と人との関係性は結ぶことは難しいんです。同一化した「崇高なもの」を維持することが最大目的になってしまって、相手の感情とか考え方なんて大事にしようとは思えなくなります。

    結局、そういう社会的正しさや政治的思想、精神世界的思想、性別なんかをアイデンティティにしても、そんなものは誰でも取り替え可能なもので、その人じゃなきゃダメというものではないですよね。そういう人には、帆高が陽菜にしたように、警察に追われることになっても人生をかけて会いたいとは思えないんじゃないかな。

    まき 社会的立場とか作られたキャラじゃなく、本当の自分、取り替え可能ではない唯一の自分と相手の絆というのが大事で、それが「法外のシンクロ」なんですね。須賀が「帆高が警察から逃げてまで陽菜を助けに行こうとしている」と刑事さんから聞いたときに、涙を流していましたけど、それも「法外のシンクロ」に感動したということなんですかね。

    春井 そうですね。新海監督はまずはそれが言いたかったのではないかと思います。

    セカイ系とは真逆の作品である『天気の子』の挑戦とは

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    まき 私もそうだったんですが、この「天気の子」には様々な方が違和感を持ったようなんですね。セカイ系ファンも、それこそ新海原理主義の方も。私は、新海監督の「挑戦状」「反骨精神」のようなものを感じました。監督自身、観た人を「怒らせたい」なんて言っていたし。

    春井 そうですね。新海監督は「自我の誘惑」を全て断ち切る方向性、今までの枠を超える作品を目指したのではないかと思うんです。すると、当然今までのシステムに安住していた人は違和感を持ちますよね。

    まき 「自我の誘惑」って?

    春井 例えば、さっきの「崇高なものとの同一化によって自己肯定感を上げたい」という欲求は、まさに人間の心に備わった自我を維持しようとするシステムから生じるものなんです。それが「自我の誘惑」。

    新海監督は、まず、その「崇高なもの=社会的正しさ」に同一化して自我を保つことに一石を投じたわけですね。

    まき なるほど。それが私の感じた「観客への挑戦状」だったのかな。そういえば、帆高や陽菜が街で出会う働く大人たちは、社会的な立場に同一化して生きている人の象徴だったのかも?

    春井 そうですね。そして『天気の子』は、監督が意図したかはわかりませんが、セカイ系にも同じように一石を投じている気がします。今までのセカイ系というのは、2人の関係と世界の終末のような非現実的な状況というのが並行して描かれていたわけですが、その間の社会や他者の集団・コミュニティというものは描かれていませんでした。2人の感情的なやり取りに焦点が当てられ、社会や現実というものがまるでないもののように描かれるわけです。

    まき 私はセカイ系といわれる作品は大体大好きなんですが、『新世紀エヴァンゲリオン』にしても『涼宮ハルヒの憂鬱』にしても、確かに「俺とお前」で世界の行く末が決定したりしますもんね。

    春井 そうですね。こういう2人の感情的な関係だけの世界にいるのは、人間にとってはラクなんです。それこそ「自我の誘惑」に負けた世界ですね。

    まき えっと…なんかごめんなさい…

    春井 セカイ系が好きな人を責めているわけじゃないですよ(笑)。私もセカイ系の面白さはよく分かります

    ただセカイ系は、「お母さんと息子」という全能感をもったまま存在できる乳幼児期の世界に近いものがあるんですよね。新海監督は、そこに「社会」「現実」「警察」「善悪の概念」というものを持ち込んできた。これは、本当にセカイ系への挑戦状ですよね。そこに安住はさせないぞ、「自我の誘惑」に勝てと言っているのではないでしょうか。

    まき あ〜、だからセカイ系の作品とみると違和感を感じるんですね。

    春井 そして、この「社会」や「現実」、「善悪の概念」「常識」というのは、有名な心理学者のフロイトの言葉でいうと「超自我」ということになるんです。

    まき また新しい用語が出てまいりました。「超自我」とは?

    春井 4〜6歳の、言葉が発達してくる男根期という時期に「〜すべき」とかの善悪の概念が出てくるんです。それが「超自我」。

    それまでは、子供はお母さんと自分だけの主観的な世界にいるんですが、言葉というのはその他大勢の共通認識のうえに成り立つものだから、客観的な世界なんです。それで超自我が生じて、子供は客観的な世界を認識するようになる。そして、児童期にかけて、超自我を取り込んで社会の一員として生活できるようになっていくんです。

    宮崎駿・庵野秀明…なぜ他作品との類似点がたくさんあるの?

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    まき 子供はお母さんと2人の世界、主観世界だけに留まっていては成長できないということですね。「超自我」、つまり社会や現実をとりこまないと。

    春井 そうなんです。帆高は家出をして東京に来て、必死に仕事を探して「社会」に適応し、「超自我」を取り込もうとしていましたね。実はこれと同じテーマを扱っているのが、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠しなんです。これも、転校でふてくされていた10歳の女の子が、湯屋での労働をすることで「超自我」を取り込み成長するという物語でしたよね。

    まき なるほどそういえば天気の子』は色々と似ている作品があると言われていましたが、特に話題になっていたのは『千と千尋』でした。空からくるくる落ちるシーンなんかもそっくりですし。

    春井 そういえばそうでしたね! 新海監督も意識してるのかもしれませんね。そして逆に、「超自我」を取り込むことへの反発を描いているのが、庵野監督の『新世紀エヴァンゲリオンなんだと思います。

    まき ここでまさかのエヴァが来た(笑)。わかりやすく反発していたイメージはないんですが、どういうことでしょうか?

    春井 『エヴァンゲリオン』で「超自我」として機能しているのは、なんと言っても父ゲンドウですよね。そして、その「超自我」の指令としてのエヴァンゲリオンに乗って使徒を倒すということです。

    まき なるほど。ゲンドウには確かに反発していましたね。

    春井 そう。シンジくんは「逃げちゃダメだ」と言いながらエヴァに乗るわけだけど、これは「超自我」を取り込んだことにはならないと思っています。

    まき でも、シンジくんは結局エヴァに乗るじゃないですか。しかもちゃんと使徒を倒してますよ? それでもダメなんてスパルタすぎるんじゃ…?

    春井 でもその乗り方というか、どうしてエヴァに乗ったかという動機が重要なんです。「超自我」を取り込んだ場合は、「自分しか地球を救えないのであれば、乗ろう!」「みんなを救おう!」となるはずなんです。シンジくんはそういう感じじゃないですよね。

    まき あ…言われてみれば…。

    春井 「逃げちゃダメだ」は自我が自分に言い聞かせているだけのように感じます。最初のシーンでは、ゲンドウの命令は拒絶しますが、綾波レイの傷ついた姿を見てエヴァに乗りましたよね。それはやっぱり「超自我」を取り込むことへの拒否と取れるように思うんですよね。

    まき 「綾波を助けたい」は、「超自我」を取り込むことの拒否なんですか?

    春井 綾波はお母さんの遺伝子から作られたクローンでしたよね。『エヴァ』の中では綾波=母なんです。『エヴァ』の作品中にも綾波との融合から覚醒に至るみたいなシーンが結構ありますが、それは「母との融合」を表していると取れます。
    そして「人類補完計画」というのも、さっきお話した「お母さんとボクだけの世界」、さらには、お母さんと一体だった子宮内に戻ることを表しているんじゃないかと思っています。つまり『エヴァ』では、「超自我」を取り入れることによる成長よりも、「母との融合」=子宮回帰への欲望が強いように思うんです。

    だから最初のシーンでは、シンジくんは「超自我」の声は取り入れず、綾波=母を救いたい、母と融合していたころに戻りたいという欲望からエヴァに乗ったと取れるんですよね。

    まき なるほどそういえば、「私に還りなさい」って歌詞の名曲がありましたよね(『魂のルフラン』)。あれも子宮回帰を示しているんじゃないかと言われていました。

    春井 そうですね。だから、エヴァンゲリオン』という作品は、「超自我」と子宮回帰の間で翻弄される自我の物語。「超自我」を取り込まないで済む範囲での成長と葛藤のストーリーなんです。主にアニメ版と旧劇場版での話ですが。

    そして、この宮崎駿庵野秀明という2人の巨匠が築いてきた「超自我」との攻防の物語を、新海監督は『天気の子』でさらに発展させたと言えるんじゃないかと私は思っているんですよね。

    新海監督が新たに組み込んだ「時代性」と「現代社会の実情」

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    まき 自我と超自我との攻防戦かぁ…。そういう視点で見ると、全く物語を見る視点が変わりますね。その攻防戦、新海監督はどのように発展させたんですか?

    春井 うん、新海監督は、そこに時代性と現代社会の実状を入れ込んできたと私は思っているの。

    まき 時代性……そういえばインタビュー記事で新海監督は、

    2000年代初頭は「社会」の存在感が薄い時期で、それを意識する必要がなかった。
    僕のつくるものがそういうものになってきているということは、僕がどうこうというよりもみんなにとって「かつてのように社会が無条件に存在し続けると思えなくなってきている」「社会そのものが危うくなってきている」という感覚があるからこそだと思っています。

    とも言っていました。これって、その時代性と関係あるんでしょうか。

    春井 そうですね。最初にあげたインタビュー記事でも仰っていたけれど、現代の日本社会の雰囲気を敏感に感じ取って、それを作品にしたんだと思います。それを説明するために、ちょっと日本社会の意識変化についてお話してみますね。

    まき もはや社会学じみてきましたね。お願いします。

    春井 まず、『エヴァ』が放送開始された1995年から『千と千尋』が公開された2001年くらいまでは、日本社会はまだ「自分軸」の時代だったのね。

    まき 「自分軸」の時代? 自分勝手とは違うんです?

    春井 字面的に間違えやすいけど、自分勝手とは違います。厳密に言うと、1970年代から始まっているんだけど、その頃って、「自分探し」とか心理学ブームになっていて、ワイドショーとかでも心理学者や精神科医がコメンテーターをやっていることが多かったの。宗教やオカルトブームとかもあってね。95年にオウム真理教事件があって、宗教やオカルトは下火になるけど、2000年代初頭までは精神的に深く自分に入っていくのがカッコいいって時代だったんです。

    まき そういえば浜崎あゆみとか椎名林檎とかCoccoとか鬼束ちひろとかが流行ったのもそのころでしたね。

    春井 そうですね。他者よりも自分だった。自分を押し出すほうがカッコいい時代。それが、2000年代初頭以降、徐々に自己の価値が下がって、他者の価値が高まっていった。現在は「他者軸」の時代になっていますね。

    まき なるほどそういえば、今って自分を押し出すのはカッコ悪いとか、恋愛に夢中になることすらカッコ悪いという雰囲気もありますよね。「自分軸=自分勝手」と思う人も多いように感じます。

    春井 そう。他者に認められることによって自分の価値を高めたいという風潮が出てきたんですよね。ツイッターインスタなどのSNSの流行もその流れ。そうなると、最初にお話した「崇高なものとの同一化による自己肯定感」を得ようという力が社会全体で高まります。

    まき 自分に価値がないとなれば、「自分じゃない崇高なもの」と同一化したくなりますからね。そうなると、当然新海監督も言っていたけど、その基準に合わないものを叩くようになると……

    春井 そうなんですね。今、日本社会はそういう時代に入っていると私は思っています。同時に、先程お話した成長に必要な「よい超自我」、つまり客観性とか理想的人間像、弱者を助けるなどの価値は地に落ち、逆に、他者を規則や地位で評価し、コントロールしようとする「悪い超自我」が権勢を奮っています。「崇高なもの(社会的正しさとか権威等)との同一化による自己肯定感」はこの「悪い超自我」を生み出します。

    まき なるほど。で、新海監督が発展させたというのはどういうところなんですか?

    春井 それは、現代の日本社会における「超自我」との向き合い方を描いたところじゃないかと思っています。つまり、2000年代初頭以降の「他者軸」や「崇高なものとの同一化による自己肯定感」の時代における「超自我」との向き合い方ということです。

    まき 現代の日本社会における「超自我」との向き合い方……

    春井 そう。『エヴァ』が放映され始めた95年以前はまだ「超自我」の影響力が強かったんです。70年代80年代は『巨人の星』『宇宙戦艦ヤマト』『北斗の拳』とか、マッチョで男性的な理想的人間像(超自我)を描くものが多かったんだけど、シンジくんは真反対ですよね。だから、「超自我への反発」を描いた『エヴァ』は、「超自我」にウンザリしていた若者から絶大な人気を得たんじゃないかな。「別に超自我の言うことなんて聞かなくてもいいんだよ」「君はそのままでいいよ」というメッセージになったんだと思います。

    まき なるほど。じゃあ今の時代の雰囲気も、前の時代があったからこそ次の段階へ進んだという感じなんですね。

    春井 そうですね。そこから「超自我」は徐々に影響力を弱めていくんだけど、2001年の『千と千尋』は、「いやいややっぱり超自我は必要だよ。労働で超自我を取り込もう」というメッセージでした。『千と千尋』では、「悪い超自我」は湯婆婆、「よい超自我」は銭婆で表されています。千尋は、労働で超自我を取り込み、本当の自分を見つけるんですね。

    まき ふむふむ。宮崎監督も、超自我を2つに分けて描いているんですね。

    春井 そうですね。それを引き継いで新海監督も「よい超自我」「悪い超自我」を描き分けています。というか、2000年代初頭以降の時代性を盛り込むには分けざるを得ないんです。先程も言いましたが、現在は「よい超自我」が価値を落とし、「悪い超自我」が拡がっています。『天気の子』ではその象徴が、社会に同一化して生きる冷たい大人たちであり、雨が降り続く暗い社会ということなのではないかと思います。

    晴れ女である陽菜にとっては、降り続く雨というのは、そのまま自分を善悪の価値観で判断し、「晴れにすべき」と迫ってくる大衆の声そのものに見えるのではないでしょうか。

    まき なるほど。降り続く雨が陽菜にとっては、「悪い超自我」に見えるんだ。

    陽菜が連れて行かれたのは「統合失調症的世界」

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    春井 そうですね。そういう「悪い超自我」や「他者軸」の時代に、私たちはどう生きるべきかというのが、『天気の子』のテーマなのではないかと思うのね。まず陽菜を見てみると、前半、非常に他者軸の生き方をしているよね。

    まき 確かに……お母さんが死んで弟を養うためにバイトして、風俗にも行こうとする。晴れ女業も、弟と帆高のためという描写がありました。

    春井 晴れ女業をすると消えてしまうと分かっても、帆高のためにと考えて自分を犠牲にしてしまうんですね。そして、他者軸が極まると、天の世界、彼岸に連れて行かれてしまう。彼岸とは、自分と世界が一体化した主観だけの世界と考えれば、精神医学的には統合失調症的な世界とも言えるかもしれません。

    まき 精神医学的にいうと、陽菜は他者軸で生きすぎて、統合失調症的な感じになっちゃったということ?

    春井 そうとも解釈できるかなと。それを帆高に助けられ、戻ってくる。そして、最後の帆高との再会シーンでは、もう晴れ女の力がないかもしれないのに、祈っている。これは陽菜が他者軸ではなく、自分軸で、自分のために祈っているということなのではないかと思ったんです。

    まき なるほど。陽菜の物語は、他者軸の生き方から自分軸の生き方になる成長の物語なんですね。

    春井 そうとも解釈できると思います。

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    春井 そして、帆高の生き方にも、この「他者軸」「悪い超自我」の時代に私たちはどう生きるべきかということが少し違う視点でより詳しく語られています。

    まき あら、帆高も? というか、そういえば主人公でしたね(笑)

    春井 はい。むしろ帆高がメインで陽菜のストーリーが補足という感じですね。帆高は、故郷の島から、おそらく両親とのいざこざがあって、東京に家出をしてきます。これは先程お話した「危機」ですね。そこから、なんとか社会=「超自我」を取り込んで生きていくために奮闘しますね。これは「よい超自我」です。その過程で、陽菜と出会います。その陽菜と関わり合いながら晴れ女業を通して、絆を深めていくんですよね。そこから、「超自我」との衝突が起こってきます。

    まき 「超自我」との衝突?

    春井 まず、晴れ女業がテレビで取り上げられ、依頼が殺到し手に負えなくなる。テレビマスコミというのは、集団の力、客観の力ですから「超自我」のうちに入ると思います。そして、帆高が警察に追われる。警察は「悪を取り締まる」組織ですから、そのまま「超自我」の機能です。そして、陽菜と弟が子供だけで暮らしていることがバレて児童相談所の人が来る。社会福祉施設というのも、社会が人々の生活を守る、改善するためのものですから、「超自我」ですね。

    まき 帆高と陽菜は「超自我」とそんなに衝突してたんですね…。

    春井 そこが、今までのセカイ系と違うところですよね。「超自我」との衝突が起こる前は、おそらく帆高も陽菜も、「超自我」=社会的正しさに影響され、他者軸に寄っていたんじゃないかと思うんです。でも、衝突を繰り返し経験した上に、「他者軸」「悪い超自我」の時代性=降り続く雨を改善しようと晴れ女業をすることで陽菜は消えてしまうんです。

    まき なるほど

    春井 そこで、帆高は考えたんじゃないかな。「超自我」=社会的正しさって何なの? これに従っていてなんかイイことあるの?って。確かに「いい人」「社会的にきちんとしてる人」と思われたほうが気分はいいけどって。それを経て、帆高は陽菜を救うために、「超自我」=社会的正しさを超えて、本当の自分の気持ちを優先させることを決心します。

    まき 社会的正しさは生きる上で必要だけど、自分の気持ちの犠牲の上に立つものではないと。

    春井 はい。ここがきっとみんなが一番違和感を持つ場面だと思うんですが、これは、今までお話してきた「崇高なものとの同一化による自己肯定感」を得たいという「自我の誘惑」に負けずに、本当の自分の気持ちを取ったということなんじゃないかなと私は思っているの。

    まき あー、そういうことだったんですね。簡単に自己肯定感を上げられる「社会的正しさ」を取り入れるだけの生き方ではなく、本当の自分の心の奥底から湧き上がってくる気持ちを大事にすることが大切なんだよというメッセージだと。

    「超自我」を自覚すると『天気の子』は何倍も楽しめる

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    まき でも、まだちょっと納得いかないところがあります。逆に、「そんな自分勝手なことしていいの?」ってなる気がするんですよ。「ちょっとした天気の変化で健康が左右される人がいるのに、自分を優先させていいの?」って。私もちょっとそう思いましたもん。

    …あ、もしかして「超自我」に対する自分の態度で、『天気の子』を楽しめるか楽しめないかが決まってくるんでしょうか?

    春井 そうかもしれないですね。「超自我」の働きや「自我の誘惑」に自覚的かどうか。帆高は、この場面で「自我の誘惑」「時代の誘惑」を振り切って、他者軸から自分軸に舵を切った。このシーンは、2000年代初頭以降の「他者軸の時代」だからこそ意味があるシーンなんだと思います。

    まき なるほど。本作では、社会的正しさが他者軸の象徴であって、それは自分にとっては楽になれる誘惑でもあると。この話を、「社会的に正しいかどうか」でなく、それを振り切って本当の自分を取り戻す話と見れるかどうか、ということでしょうか。

    春井 そうですね。この作品を観た人の「人間はどう生きるべきか」という問題の答えがどのようなものかによって、捉え方が変わってくるんです。

    まき たしかに。

    では、また『天気の子』のストーリーに戻りますが、帆高はそのあと陽菜を救いに行くわけですよね。

    春井 そうですね。帆高は他者軸から自分軸に移行することによって陽菜を救うことに成功するんですが、その後島に戻って保護観察処分を受け、高校を卒業します。ここで、また「よい超自我」を取り込み成長するわけですね。その成長した帆高が、再び陽菜と再会します。

    まき 難しいな〜。「よい超自我」は必要だけど、「超自我」に流されすぎて、同一化しちゃったらダメなんですね。そこから「悪い超自我」が生まれちゃうと。

    春井 そう。帆高はそれに気づいたんだと思う。でも、再び東京に戻ってみると、東京は湖のようになっています。これは、「他者軸」「悪い超自我」の時代はそのまま変わっていないどころか悪化しているということを示しています。時代性は帆高と陽菜という個人にはどうしようもないことなんです。

    まき うわぁ元も子もない(笑)。2人の世界がいくら救われても、本当の世界は救われないのか。これはセカイ系ではないですね。

    でも、とても時代性を表しているかと。最近は温暖化が世界的に喫緊の問題とされているし、日本でも巨大な台風や異常気象が実際に起きていて他人事ではなくなってますよね。そのような時代に、「自分軸」をどう捉えるのかということなんですね。

    春井 ですね。なので、このような「他者軸」の生き方や「悪い超自我」に影響されやすい時代こそ、「法外のシンクロ」が大事になってくるよ、ということなんです。「よい超自我」はきちんと取り入れた上で、自分軸で生き、本当の自分の気持ちとつながること。そして、取り替えのきかないアイデンティティを確立した自己と他者の絆を大切に生きること。それが、2000年代初頭以降の「他者軸」の時代を生きる私たちが大切にすべき生き方なんじゃないかな。それが『天気の子』の表現したかったことではないかと私は思っています。

    まき そうか、だから新海監督は「法外のシンクロ」をテーマにしたんですね。

    「ファンタジーの皮をかぶった別ジャンル映画」が違和感の正体

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

    まき では、改めて最初の疑問に戻りたいと思います。春井さんはみんなが感じた「違和感」の正体は何だったと思いますか?

    春井 『天気の子』を観る前は、今までの新海監督の作品のような切なさとかノスタルジーとか相手を純粋に思う気持ちに感動したり、何らかのカタルシスを期待していた方が多かったと思うんですね。でも、今までお話してきたように、新海監督の今回の作品のメインテーマはそこではなくて、「法外のシンクロ」や「超自我」「他者軸から自分軸」というものだったと思うんです。

    ですが、このテーマ現代社会の実状や心理学的なことに関心がないと、一回観ただけでは分かりにくかった部分もあるのではないでしょうか。そうじゃないと、帆高と陽菜が自分たちの気持ちを優先したために東京は水に沈んだままになっているのに、「僕たちは大丈夫!」と言われても「なにコレ?」となってしまいますよね。

    まき なるほど視聴者はそこに違和感を感じてしまうんですね。天気の子』はファンタジーの皮をかぶった、ゴリゴリの社会派映画だったんだ。

    …でも最後に一つ疑問が…。先ほど、『天気の子』と『千と千尋』の共通点をお聞きしました。でも、『千と千尋』では元の世界に戻りましたよね。『君の名は。』でもそうです。でも天気の子は違うじゃないですか。それは、やっぱり、この今の時代性というものを訴えたかったからなんでしょうか?

    春井 そうだと思います。個人ではどうにもならない「他者軸」の時代に、個人がどう生きるかということを表現するために、敢えて世界を水浸しのままにしたということじゃないでしょうか。

    まき なるほど。他者軸に振り回されずに、自分を生きることが大切だと。

    春井 そうですね。現在は、AIの技術や量子コンピューター、トランスヒューマニズムなどに人類の希望を見出している方が多いと思いますが、私はやっぱり、新海監督がいうように、「法外のシンクロ」のその先に人類の未来があると思っています。

    まき 「他者軸」の時代でも、「法外のシンクロ」があれば「僕たちは大丈夫!」ということですね。

    春井 はい。きっと「大丈夫」です。

    Credit: 2019「天気の子製作委員会

     

    written by まきしむ / thanks to @jana_guitar_III, K

     

    『天気の子』の「違和感」の正体は結局何だったのか? 心理学的に考察してみた(超絶ネタバレ)


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    2019年10月10日 アニメ 映画
    劇場版アニメ「アナと雪の女王2」の場面写真(C)2019 Disney.All Rights Reserved.

    (出典 storage.mantan-web.jp)


     2014年に公開され大ヒットを記録したディズニーの劇場版アニメ「アナと雪の女王」(アナ雪)の最新作「アナと雪の女王2」(11月22日公開)の日本版本予告編が10月10日、公開された。予告編ではエルサが歌声を披露する様子などが映し出される。前作同様、エルサ役を松たか子さん、アナ役を神田沙也加さんが務めている。

     予告編は、幼いエルサの「なぜ私だけ魔法が使えるの?」という問いかけから始まり、エルサが感じている“自分は何者なのか”という疑問、“変わっていくこと”への不安、そして姉エルサを何があっても守ろうとするアナの様子が描かれてる。エルサがメイン楽曲「イントゥ・ジ・アンノウン」を歌い上げる姿や、アナが「何があっても一緒よ」とエルサに語り掛ける姿、オラフが「ねぇアナ、何もかも変わってしまうね」とつぶやく様子などが映し出される。

     最新作では、アレンデール王国を治めるエルサとアナの姉妹は深い絆で結ばれ、幸せな日々を過ごしていたが、エルサにしか聞こえない不思議な“歌声”によって、姉妹は未知なる世界へと導かれる。それはエルサの“魔法の力”の秘密を解き明*、驚くべき旅の始まりだった……というストーリー。イディナ・メンゼルさんがエルサ、クリステン・ベルさんがアナの声優を続投。前作に続き、クリス・バックさんとジェニファー・リーさんが監督を務める。

     「アナ雪」は、運命に引き裂かれた王家の美しい姉妹・アナとエルサを主人公に、凍った世界を救う“真実の愛”を描いたファンタジー。日本では2014年3月に公開され、国内での興行収入は約255億円を記録した。主題歌「レット・イット・ゴー~ありのままで~」も大ヒットし、日本中に“アナ雪ブーム”を巻き起こした。

    https://mantan-web.jp/article/20191009dog00m200062000c.html


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    2019年10月9日


    (出典 d1bxqgdk88uwr3.cloudfront.net)


    『劇場版 ハイスクール・フリート』が2020年1月18日(土)より全国ロードショーが決定、さらに第2弾キービジュアルも公開された。

    第2弾キービジュアルには大和、信濃、紀伊が浮かぶ海を見つめる晴風艦橋要員の6人の少女たちが描かれたビジュアルとなっている。
    10月26日(土)より第2弾キービジュアルを使用した第3弾特典付き前売券も発売。また、主題歌はTVアニメシリーズに続いて、TrySailが担当することが決定した。



    来場者特典はキャラクターソング

    本作の来場者特典としてキャラクターソングの制作が決定した。こちらのキャラクターソングの歌い手は、ファンからの投票によって決まる。公開劇場情報や来場者特典キャラクターソング投票フォームは公式サイトを確認してほしい。

         ===== 後略 =====
    全文は下記URLで

    https://www.anime-recorder.com/16/117262/

    © AAS/新海上安全整備局


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     1973年小松左京さんが発表したベストセラーで、同年に実写映画化、06年には草なぎ剛柴咲コウが共演して興収53.4億円のヒットを記録した『日本沈没』が、Netflixオリジナルアニメシリーズ日本沈没2020』として初のアニメ化されることが9日、発表された。同作を手掛けるのは、『夜は短し歩けよ乙女』(17年)で日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞した湯浅政明監督。2020年東京オリンピック直後の日本を舞台に“災害への警鐘”と“危機を越え未来を切り拓く”物語が描かれる。

    【動画】湯浅監督が手がけた『きみと、波にのれたら』の予告映像

     『夜は短し歩けよ乙女』のほか、『夜明け告げるルーのうた』(17年)、片寄涼太と川栄李奈が声優で共演した『きみと、波にのれたら』などを生み出してきた湯浅監督。Netflix作品は「デビルマン」を原作とした『DEVILMAN crybaby』以来、2度目の挑戦となる。音楽は、『ピンポン THE ANIMATION』など3回目のタッグとなる牛尾憲輔氏。制作は、湯浅監督が代表取締役を務めるサイエンスSARUが担当する。

     本作では、これまでの『日本沈没』で描かれるのが少なかった“ごく普通の家族の物語”を通して、いま描かれるべき日本沈没リアルに迫る。沈みゆく日本、人々はどこに向かい、世界はどう見つめるのか。選択を突きつけられた人々が向き合う現実と再生の物語が紡がれる。あわせて、ティザービジュアルも解禁。崩壊した都市の中で、前に踏み出そうとする主人公の歩と剛の後ろ姿が描かれ、厳しい現実から一筋の光を感じさせるデザインになっている。

     湯浅監督は「国ってなんだ? 日本人ってなんだ? 生まれた場所とそこの環境で何が決まるの? 決まらないの? 子どもの頃に疑問に思った自分へ答えるべく、このビッグタイトルへ挑みます」と気合い十分。「オリンピックイヤーに起きた、国家の存亡にかかわる天変地異の中を避難する家族と、たまたまそこへ居合わせた人たち、出会う人々にフォーカスし、大災害のてん末を描きます」と内容の一部にも言及。

     小松さんの原作管理を行う、次男の小松実盛氏は「小松左京が『日本沈没』に込めた“恐るべき危機を乗り越え生き残った日本人だからこそ、人類社会が直面するさまざまな危機への解決に貢献でき、世界で見直され、未来に特別な役割を果たせる”という想い。『日本沈没2020』を、世界中の人々に、日本が誇るアニメーションの手法を駆使した作品として楽しんでもらうと同時に、物語に込められた“災害への警鐘”と“危機を越え未来を切り拓く”というメッセージを受け取っていただければ幸いです」と話している。

     配信は2020年ストーリーは全10話で描かれる。

    湯浅政明監督が手掛ける『日本沈没2020』のティザービジュアル (C)“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners


    (出典 news.nicovideo.jp)




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    マンガ・アニメ 2019/8/29

    『映画 この素晴らしい世界に祝福を! 紅伝説』 8月30日(金)公開 (C)2019 暁なつめ・三嶋くろね/KADOKAWA/映画このすば製作委員会

    (出典 ddnavi.com)



    (出典 Youtube)



    (出典 ddnavi.com)



    (出典 ddnavi.com)



    『この素晴らしい世界に祝福を!』(以下『このすば』)が、映画になって帰ってきた! 8月30日(金)の公開に先駆けて、ダ・ヴィンチニュースではメインキャスト5名に登場してもらい、それぞれの視点で『このすば』への愛をディープに、熱く語り倒すインタビューを敢行! 原作小説は累計発行部数が850万部を突破し、アニメも絶好調。キャスト・スタッフが一丸となって生み出す、最高に笑えて、観ていていつの間にか元気が出てしまう『このすば』はなぜ素晴らしいのか、徹底的に迫ってみたい。

     第4弾は、アクア役の雨宮天が登場。TVアニメではカズマに振り回される駄女神アクアとして、酔っ払い、泣きわめき、ジャイアント・トードに丸のみにされるという、はじけた演技を披露した。今回は、めぐみんにメインヒロインの座を奪われ(?)、逆境に追い込まれてしまうことに。果たしてアクアの逆襲はあるのか? 本作でコメディエンヌとして本格的に開花した彼女の心境を語っていただいた。




    『このすば』はいつまで経っても変わらないもの。「実家」感覚があります(笑)。

    ――最初に『このすば』の映画版の制作が決まったときは、どんなお気持ちでしたか?

    雨宮:映画版をやるということよりも、『このすば』が続くということが嬉しかったです。『このすば』が続いて、アクアをまだ演じられて、大好きな『このすば』メンバーで新しいものを作れるということが純粋に嬉しかったです。わたしは自分の身体が持つ限り、アクア役を続けたいと思っていますから。

    ――身体が持つ限り!

    雨宮:アクアは結構、体力が要るキャラなので(笑)。

    ――体力……ですか?

    雨宮:体力が大事です! とくに全身の体力が必要ですね。肺活量はたくさんあったほうが良いですし、口も回らなくちゃいけない。今までいろいろなシーンを演じてきましたが、アクアは泣き叫びながらセリフを言うシーンが多くて。しかも、そこでけっこう長いセリフを言い続けなくてはいけないので、酸素を充分に取っていないと苦しいんです(笑)。声を張り続ける持久力みたいなものが必要です。腹筋とか、背筋とか、体幹の持久力。体力がないとできない役です。

    ――アドリブ的な掛け合いや、ボケに対するツッコミも多いですから、発想力や反射神経も問われそうですね。

    雨宮:そうですね。とくに『このすば』のかけ合いの速度は早いですからね。あの速度があるから、面白さが倍増するんです。相手が振ってきたら、瞬時に判断しないといけない。相手の言い方にあわせて乗っかろう、とか。全然違う言い方で反応しよう、とか。相当、脳と身体を全開にしていないとできないでしょうね(笑)。まあ、ゆっくりやっても楽しいかけ合いかもしれませんが、『このすば』らしさは出ないかもしれないというか、面白さは半減してしまう感じがありますね。

    ――じゃあ、映画版の収録のときは、体調を万全にして臨まれたわけですね。

    雨宮:あと……大事なことは……収録当日はお腹を空かせないこと(きっぱり)!

    ――お腹を空かせない!

    雨宮:体力勝負のところがありますからね。アクアの収録をするときは、お腹を空かせないことが大事です。お腹が減ると、元気なくなっちゃいますし。収録の最後まで、体力がなくなっちゃいますから。

    ――その「お腹を空かせない」ことは、TVシリーズのときも気をつけていたことですか?

    雨宮:そうですね。『このすば』を収録していたときは、常にお腹がそれなりに満たされていたと思います。お腹は基本、ですね。

         ===== 後略 =====
    全文は下記URLで

    https://ddnavi.com/interview/560589/a/


    【【インタビュー】 公開直前! みんなで語ろう、映画『このすば』――アクア役・雨宮天編 2019/08/29】の続きを読む

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